2024/05/29

現在も進行中の英国史上最大の冤罪事件、大騒動のあらましを振り返る。ドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」がもたらしたものとは?

英国史上最大の冤罪事件といわれる郵便局スキャンダルを描いたドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」。本国イギリスでは、2024年1月1日から4夜にわたって民放ITV局で放送されるや否や、たちまち反響を呼んで世論が高まり、社会現象を巻き起こした作品だ。スナク首相が「イギリス史上最大の冤罪事件のひとつ」として、被害者を全面的に救済する考えを示すなど、事件が一気に解決の方向に向かうことになったのも「ミスター・ベイツvsポストオフィス」の放送がきっかけで事件が再注目されたことにある。つい先日も、英議会がすべての被害者の有罪判決を取り消すとともに、1人につき60万ポンド(約1億2,000万円)の補償金を支払う救済法案を可決したことが報じられたばかりだ。今回は改めて、この郵便局スキャンダルをめぐる大騒動の経緯を時系列に沿って振り返ってみたい 。

ミステリーチャンネルで放送!
「ミスター・ベイツvsポストオフィス(全4話)」
字幕版:8/15(木)夜8時スタート 毎週木曜放送
 

●郵便局スキャンダルとは?

英国各地で郵政窓口業務を担当する会社「ポストオフィス(郵便局)」の郵便局長が、窓口の現金と会計システム上の残高が合わなくなったために、1999年から2015年の間に、ポストオフィスから横領や不正経理などの罪で起訴され、不当に有罪判決を受けたもの。実際には郵便局長のミスや不正ではなく、会計システム「ホライゾン」の欠陥が原因だったことが判明。不足額を埋め合わせるために借金をしたり、横領罪で収監されたりなどした被害者の数は900人以上にものぼり、英国史上最大の冤罪と呼ばれる。

「ミスター・ベイツvsポストオフィス(原題:Mr Bates vs The Post Office)」は、実話をもとにポストオフィスを相手に闘った元郵便局長たちの姿を描いた全4話のドラマ。
(c)  ITV Studios Limited 2023

●大騒動のあらまし~現在までのおもな出来事

1999年
・英国各地のポストオフィスに富士通のホライゾンITシステムが導入される。システムは商取引、会計、棚卸しといった業務に使用された。

2000年
・北ウェールズのスランドゥドゥノ郵便局の郵便局長であるアラン・ベイツが、ホライゾンITシステムによって生じた問題をポストオフィスに報告。

2003年
・アラン・ベイツは会計不足分の1200ポンド(約24万円)を支払うことを拒否し、ポストオフィスから契約解除される。
・ウェールズ北西部アングルシーで、ポストオフィス勤続42年のノエル・トーマスが6000ポンド(約120万円)の不足をポストオフィスに報告。

2004年
・イーストヨークシャーのブリドリントン郵便局のリー・キャッスルトンは2万5000ポンド(約500万円)が不足。ポストオフィスを相手に2年にわたる裁判を行うが敗訴。裁判費用と合わせて、32万1000ポンド(約6420万円)の支払を要求され、自己破産を余儀なくされる。
・アラン・ベイツが「コンピュータ・ウィークリー」誌に問題を提起する。

2005年
・ノエル・トーマスは5万ポンド(約1000万円)の虚偽会計で有罪判決を受け、60歳の誕生日を刑務所で過ごす。
・ハンプシャー州サウス・ウォーンバラのジョー・ハミルトンは、3万6000ポンド(約7200万円)の横領を疑われ、収監を避けるために有罪を認める。返済のために掃除人として働き、友人から借金もした。

(ドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」の画像)
(c)  ITV Studios Limited 2023

続きはミステリードラマコラム

2008年
・民間受託郵便局長全国同盟のマイケル・ラドキンが富士通オフィスを訪問。富士通のスタッフが支局のアカウントの金額をリモートで変更したのを目撃する。

(ドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」の画像)
(c)  ITV Studios Limited 2023

・マイケル・ラドキンの妻が経営するポストオフィスが4万4000ポンド(約880万円)の会計不足で閉鎖を余儀なくされる。

2009年
・9月にアラン・ベイツを中心にキャンペーン団体「The Justice for Sub postmasters Alliance(JFSA・委託郵便局長に正義を)」が結成される。

(ドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」の画像)
(c)  ITV Studios Limited 2023

・「コンピュータ・ウィークリー」誌が初めてホライゾンITシステム問題を取り上げる。アラン・ベイツが2004年に問題を提起してから5年後である。

2010年~2011年頃
・英国各地の郵便局で不足額が発生し有罪判決を受ける事例が相次ぐ。

2012年
・ポーラ・ヴェネルズがポストオフィスの最高経営責任者(CEO)になる。
・国会議員によりホライゾンをめぐる有罪判決の問題が提起され、ヴェネルズは独自調査に同意。調査会社「セカンドサイト」の法廷会計士が独自調査を開始。
・ポストオフィスは、苦情の内容審査と補償の調停を申請できる制度を設立し、150人の元郵便局長たちが登録した。

2013年
・ポストオフィスはホライゾンのソフトウェアに欠陥があったことを認めるが、システムは修理済で問題なく稼働していると主張。

2014年
・ジェームズ・アーバスノット国会議員が、調停を求める申請者の90%を却下しているとしてポストオフィスを批判。これに関して、ポストオフィスは「遺憾であり、驚くべきものだ」とコメント。アーバスノット議員は「二枚舌」と非難。

2015年
・ポストオフィスは苦情の内容審査と補償の調停を打ち切る。
・時事ニュース雑誌「プライベートアイ」によると、セカンドサイトの報告書が発表される予定のわずか1日前にポストオフィスが調査の終了を命じたという
・業界誌「コンピュータ・ワールドUK」は、ポストオフィスが主要なファイルをセカンドサイトに提出することを拒否し調査を邪魔したと報道。
・ポーラ・ヴェネルズが誤審はまったくないと特別委員会で発言。   
・ポストオフィスは郵便局長に対する起訴を中止。
・富士通の内部告発者、リチャード・ロールがBBCの時事番組「パノラマ」に出演して証言を行う。

2017年
・555人の主に郵便局長によるグループが、ポストオフィスに対する法的措置を開始する。

2018年
・セカンドサイトの2度目の調査により、ポストオフィスのソフトウェアは毎年1万2000件の通信障害を起こし、76か所の郵便局でソフトウェアとハードウェアに問題があったことが発覚。

2019年
・元日、ポストオフィスのポーラ・ヴェネルズに大英帝国勲章(CBE)が叙勲される。
・高等裁判所の裁判官は、ホライゾンに多くの「バグ、エラー、欠陥」があり、ポストオフィスの各局の会計に不足を起こす「重大なリスク」があったと裁定。ポストオフィスは、555人の郵便局長に5,800万ポンド(約116億円)を支払うことに同意。

2020年
・ポストオフィスは、有罪判決を受けた郵便局長が起こした44件の上訴への異議申し立てを断念。
・アラン・ベイツを含む6人の元郵便局長に対する有罪判決が棄却される。

2021年
・ホライゾンITシステムの欠陥と不当な有罪判決を受けた郵便局長に対する政府審問がスタート。
・1月15日、スキャンダルに関する初めての公聴会が開かれる。  
・4月23日、裁判所が下した39件の不当な有罪判決を上訴院が棄却。英国史上、最も大規模な誤審事件となった。

2023年
・英政府は不当な有罪判決を受けた郵便局長全員に60万ポンド(約1億2000万円)の補償を提供すると発表。

2024年
1月1日
・英民放ITV局で「ミスター・ベイツ対ポストオフィス」が4夜にわたり放送される。 
・これまではあまり注目されてこなかった事件に対し、ドラマ放送後から大きな反響が起こる。

(ドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」の画像)
© ITV Studios Limited 2023

1月4日
・ドラマ最終回が放送された4日の夜10時45分から1時間のドキュメンタリー番組「Mr Bates vs the Post Office: The Real Story(原題)」※がITVで放送される。番組は郵便局長たちのインタビュー、当時のアーカイブ、関連場所で撮影された映像にドラマのシーンを交えて構成されたもの。  
※邦題「闘い続けた郵便局長たち 英国史上最大のえん罪事件」(NHK BSにて5/29に放送)

1月9日
・ポーラ・ヴェネルズが自ら大英帝国勲章を返上すると発言。

1月10日
・スナク首相が下院において「史上最大の冤罪事件」とし、不当な有罪判決を覆す新たな法律を制定。有罪判決は受けていなくても損失を自己資金から補填していた者には7万5000ポンド(約1500万円)の補償をすると発表。
・ドラマで事件が再注目され、国民の反感やメディアの反響、世論が高まったほか、スナク首相の発言もあり、事件が急速に動き出す。

1月16日
・特別委員会で、富士通の英子会社、富士通サービシーズのポール・パターソン最高経営責任者(CEO)が謝罪。

2月23日
・チャールズ国王がポーラ・ヴェネルズの大英帝国勲章を取り消す。    

3月13日
・政府はイングランドとウェールズの被害者救済に向けた新法案を提出。冤罪の有罪判決を受けた被害者は、正式に請求しなくても60万ポンド(約1億2000万円)の賠償が行われることが盛り込まれた。     

3月14日  
・被害者の子どもたちによるキャンペーン団体「ロスト・チャンス・フォー・サブマスターズ・チルドレン」が設立される。

4月12日
・ポストオフィスのアラン・クック元代表取締役が、2009年までポストオフィスが直接に被害者を起訴していたと知らず、警察だと思っていたと公聴会で発言。

4月13日
・アラン・ベイツはポストオフィスの経営陣を相手に私人訴追するためのクラウドファンディングを行う可能性を示唆。  

4月17日
・ポストオフィスのアラン・レイトン元会長が公聴会で、「スキャンダルは関与した被害者全員にとってひどいこと」であり「起こったことが信じられない」と謝罪。

4月25日
・ポストオフィスの元役員だったアンジェラ・ヴァン・デン・ボガードが公聴会で「2010年にHorizon端末にリモートアクセスできると書いたメールを覚えていない」と証言を行い、隠蔽を否定。  

5月17日
・アラン・ベイツが補償額を不服として、1月に続いて2度目の政府からの申し出を拒否。

5月22日
・ポーラ・ヴェネルズが政府調査の公聴会で3日間にわたり証言を行う。初日に謝罪し、涙を流す 。

5月23日
・英議会は被害者の有罪判決を取り消すとともに、1人につき60万ポンド(約1億2000万円)の補償金を支払う法案を可決、24日にはチャールズ国王の裁可を経て成立した。

●おわりに

2024年1月のドラマの放送をきっかけに、新聞やニュースで連日放送されるようになり、それまで国民の目に留まることがなかった事件が再注目され政府の動きを急速に強力に後押しすることになった。
補償金の法案が成立したが、「郵便局スキャンダル」は現在も進行中だ。現時点では、ポストオフィスと富士通の誰も責任は問われていない。無実の郵便局長たちは今もなお、闘い続けている。
この事件の詳細は、ぜひ「今年最大の衝撃作」といわれるドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」で確かめていただきたい。ひとつのTVドラマが人々の心に訴えかけ、社会を動かし、政府も揺るがすという、ドラマが持つパワーを改めて実感することだろう。

【ミステリーチャンネル放送情報】
「ミスター・ベイツvsポストオフィス(全4話)」
字幕版:8/15(木)夜8時スタート 毎週木曜放送

1つのTVドラマが英国政府をも揺るがした!! 英国史上最大規模の冤罪スキャンダルを描いた衝撃作!無実の郵便局長とポストオフィスとの闘いを描く!

 

「ミスター・ベイツvsポストオフィス」番組公式サイト

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名取由恵
イギリス在住ライター/翻訳者/英国ドラマ愛好家。ライフワークは英国エンタメ・英国文化・イギリス人の研究。