今回は、数多くの海外ミステリー作品の日本上陸を陰で支える早川書房とミステリーチャンネルによる対談に密着してきました!書籍とドラマ、それぞれ異なる媒体に携わるお二人の、ここでしか聞けない苦労話や作品にかける熱いお気持ちなど、みっちりご紹介していきます。
早川書房 ミステリマガジン編集部 井戸本様(井)
ミステリーチャンネル 編成制作部部長 秋山(秋)
(秋)テレビ業界では、フランス・カンヌで毎年開催される「MIPTV」(4月)と「MIPCOM」(10月)を新番組の情報が一気に動き始める大きなタイミングとして注目しています。現在私の手元には、今年の「MIPTV」からの新作がたくさん届いており、吟味しているところですね。10月の「MIPCOM」には、私も直接カンヌまで赴いて、現地の担当者や配給さんとの交流を通して作品を探します。
(「MIPCOM」2023年10月撮影:メイン会場のエントランス。毎回このボードに、目玉作品のビジュアルが掲出されるので会場に来たらまずこのボードを見ているという。)
(「MIPCOM」2022年10月撮影:会場はたいへん広く、バイヤーが走り回って各配給のブースに行って打ち合わせをしているという。靴はスニーカーかフラットシューズが必須だとか。)
(「MIPCOM」2023年10月撮影:「バーナビー警部」の配給会社All3Media International のブースで撮影した写真。ミステリーチャンネルで放送している作品の名探偵(ファン・デル・ファルク、シェパード警部、バーナビー、リドリー、ダルグリッシュ、刑事アニタ)がずらり。)
(秋)時には注目していなかった作品との出会いや、作品的には面白そうなんだけどタイミングが「今じゃない…」というものもあります。7月に放送の『パリ警視庁1900』はまさにそのケースでした。本作はパリ・オリンピックを翌年に控える1899年が舞台なのですが、作品を知った当時はコロナウイルスが猛威を振るっており、日本では東京オリンピックの開催そのものが不透明な時期でした。そこで「またご縁があれば」と見送ったのですが、数年後に再び出会い、今回のパリ・オリンピックに合せた放送につながりました。まるで人との出会いのようですね。
『パリ警視庁1900(全8話)』
ミステリーチャンネルで7/6(土)夕方4:00 独占日本初放送
(井)出版業界では、ロンドンや、台湾、フランクフルトなど世界各国で開催されるブックフェアがありますね。自社から売り込みたい作品を持ち込む機会でもあり、現地に赴いた社員が面白そうな作品を探す場でもあります。このブックフェアが、先ほどお話にあった「MIPCOM」などに近いかな、と思います。
(秋)国がいろいろありますけど、開催されている国以外の作品が登場することもあるんですか?
(井)そうですね、最近では北欧や中国の書籍も多いですし、もちろん日本の作品も持ち込まれています。ですがやはり、開催されている国の言語の本が一番盛り上がっている印象ですね。
(秋)その年によって、国ごとの勢いの違いはありますか?「今年はフランスが盛り上がってるな」みたいな。
(井)ありますね。出版業界は長年英語圏(アメリカ・イギリス)が圧倒的なんですね。最近は次いで中国の勢いが強いです。マーケットの大きさや勢いは、その言語の識字率や使用人口比率とほぼ同じ傾向になるように思います。また、ブックフェアはその国で最も盛り上がっている(注目されている)ジャンル・テーマがよくわかる機会でもあります。アメリカだと、銃規制問題や数年前には「BLM(Black Lives Matter)」なども多くありました。その時の社会情勢の影響を大きく受けた物語や設定の作品が多く登場し、ブックフェアでも一番話題になります。作品のジャンルとして考えたときに、日本で多く読まれている「イヤミス」のような、海外では流行しているけど現在の日本では供給が多く、読者が海外作品にまで手を伸ばさないようなジャンルもあり、日本での展開を考えた場合、先ほどの秋山さんのお話にもあった「タイミングが今ではないかもしれない」という問題は常にありますね。
(秋)ドラマでも同じですね。かつての海外ドラマはアメリカが最強でしたが、配信の影響もあって、イギリス・ヨーロッパの勢いが高まり、現在は中国が圧倒的な強さを誇っています。先ほどのお話にあった「人口と識字率」と「作品の勢い」の関係性はかなりあると思います。
(井)ただ小説でも、マイナーな言語で出版される作品もあります。日本で翻訳できる方がほとんどいない言語の作品でも、英訳された作品を読んでみたら非常に面白かった、ということもありますので、機会があれば翻訳してみたいですね。世界各国にある推理作家協会や、『ミステリマガジン』のような雑誌をもっている国や地域にピンを指した世界地図を見せてもらったことがあるのですが、アメリカやフランスはもちろん、日本では邦訳された小説がない地域にもピンが刺さっていました。まだまだ知られていない国のミステリーがあるんだな、と。
(秋)ドラマも本当にそうですね。今回ミステリーチャンネルでは初めて南アフリカのドラマを放送したのですが、最近では続々と世界中で作られていて改めて「ミステリーは世界共通言語だ」と感じましたね。
(井)翻訳のハードルの高さに加えて、魅力的な作品を探すアンテナを広く持つことの難しさもありますね。現地のエージェントや出版社からの紹介に加えて、私はインターネットでの情報収集もしています。イギリス・アメリカ・フランスなどのミステリーファンは横のつながりが強く、かつての日本のブログ文化での相互リンクのような風習がまだ色濃く残っているので、ファン同士のやり取りから新たな作品を発掘するチャンスとして参考にしています。SNSでの作家さん同士の交流をのぞき見したり、海外在住の翻訳者さんから作品をおすすめしてもらったりしながら作品を探していますね。
(秋)お話を聞いているとまさに「ミステリーハンター」という感じですね!
(井)活用しているサイトが全く異なったり、そもそもインターネットを使わなかったりと、作品の探し方は本当に編集者によって三者三様だと思います。時には書店の洋書コーナーをのぞいたりもしますね。
(秋)テレビマンも全く同じですね。「MIPCOM」のようなイベントだけでは足りないので、私の場合は海外の一般ユーザーのSNSを観察して盛り上がっている作品を探したり、海外の書店でドラマ化された書籍を探して、そこからその配給会社にコンタクトをとったり、まさに「掘る」という言葉がピッタリの活動をしていますね。
(井)小説における第一の軸は、「自分が読んで面白いか」というところだと思います。作品の第一の読者として、自分の第一印象を大切にしています。二つ目としては、「日本で受け入れられるか」という点です。先ほどの「イヤミス」のように、日本では海外作品はもうウケないかもしれない、ウケなくはないけど大きくは売れない、もしくは逆に今この作品を出すことで逆転させることができるかもしれない、という思いがあるときもあります。あとは「話題性を作り出せるか」ということですね。ミステリー小説は毎年必ず人気作品のランキングが発表されますので、そこに合わせてどの作品を出すかということを念頭に一年のスケジュールを回しています。
(秋)私の場合は、まずは自分の好みは脇に置いておくことにしていますね。テレビ業界は視聴率という強烈な指標がありますから、うちのチャンネルの視聴者さんの好みに合っているかどうかを重視しています。まずは強烈な個性のある名探偵が登場する作品を中心に選び、そのあとで話題性に富んだ挑戦的な作品を年に数本選びます。世間でも大きな注目を集めた事件を扱った作品などですね。6月に放送した英国の郵便局スキャンダルを描いた『ミスター・ベイツvsポストオフィス』がまさにそうです。
『ミスター・ベイツvsポストオフィス(全4話)』
ミステリーチャンネルで8/15(木)夜8:00 放送
© ITV Studios Limited 2023
(秋)まずは①視聴者層の好みに合っているか、②お客様にお届けできるクオリティか、という優先度で作品を選んでいますね。自分の好みには合っていなくともクオリティが高ければ放送します。ドラマはシリーズものですから、続けて観ていただけるかということも重要です。好きなものはどうしても追っていきたくなるものですが、自分の好みより視聴者からの人気につながるかという視点が大切ですね。
(秋)ドラマはまずライセンス契約をして、邦題を決め、字幕翻訳をつけ、その作業と並行して宣伝(CMやホームページ作成)して、そして放送という流れです。
(井)小説もそうですが、ミステリー作品は英語ならではの言い回し(伏線回収・ダブルミーニング・アナグラムなど)が多く、作品の雰囲気を壊さない翻訳が求められますよね。
(秋)うちも翻訳者さんから、やっぱりミステリーの字幕翻訳は大変、という感想をいただくことはありますね。ミステリーが好きじゃないとできない部分はあるのかもしれません。
(井)「巧拙」ではなく、そのジャンルの文体を持っているか、みたいなものがあると思います。翻訳者さんにも得意とするジャンルがあり、ハードボイルド、警察小説、女性主人公、謎解きもの、と多岐にわたる作品の中で、その作品の雰囲気を壊さず翻訳できる方にお任せすることにしています。
(秋)ドラマの字幕も同じですね。イギリスのミステリーは本格に近いのでミステリーが得意な翻訳家さんの方が面白いものに仕上がります。一方フランスのドラマは伏線よりも人間の感情が重視される傾向にあるので、情緒的な言葉を得意とする翻訳家さんの方が面白くなりますね。
Q:出版までの流れはいかがですか?
(井)小説はまず契約をして、翻訳者さんに依頼をして、翻訳原稿を読みながらタイトルを考えて、装丁・解説文・推薦文の準備をして出版、という流れですね。小説に関して、タイトルは本編の翻訳の後になります。原文を読んだときと日本語訳を読んだときで印象が大きく変わることがあるので。
(秋)ドラマでもそれに近い状況はありますね。そういう時は臨機応変にやっています。
(井)最近の海外ミステリーのタイトルの流行りは「一語」なんです。「The ○○」みたいなシンプルなもの。また、一つの作品が成功すると、その作品と類似したタイトルの作品が多く刊行される傾向にあるので、日本語での区別化が重要になってきます。ファンが目にしたときにちゃんとミステリーのジャンルであると伝わることが大切なので、本編の雰囲気に合わせつつミステリーっぽさも出るような日本語タイトルをつける必要があります。一昨年出版された『われら闇より天を見る』は、原題が「We Begin at the End」、つまり「終わりから始める」です。これをそのまま日本語に翻訳してしまうよりも、もう少し情緒的な響きを持たせたいという意図からこのような邦題としました。二作目の『終わりなき夜に少女は』は、原題が「All The Wicked Girls」、「すべての邪悪な少女たち」という意味ですが、一作目の「闇」とのつながりも感じられるよう「夜」を入れ、ミステリーっぽさも出した邦題としました。ただ、中には本編の内容にはあっていなくとも、サラ・パレツキーの『サマータイム・ブルース』や『コールド・リバー』のように、そのタイトルを見れば作者がわかるほどに印象付けに成功した例もありますね。パレツキー作品における邦題のコンセプトとしては中学英語程度の知識でもスッと頭に入ってくる英単語の組み合わせで、タイトルをつけています。
著:クリス・ウィタカー 訳:鈴木 恵
出版社:早川書房
著:クリス・ウィタカー 訳:鈴木 恵
出版社:早川書房
(秋)ドラマも少し似てますね。視聴者さんの中には「EPG(電子番組ガイド)」で番組を選ぶ方が多いので、いかに目を引くタイトルにするかということが重要になってきます。「名探偵」「警部」「警部補」などミステリーらしいキーワードはもちろん、そこに作品の雰囲気を象徴するような造語を加えることもありますね。タイトルを決める段階では、候補を付箋に書き出して部屋中に貼り、最も目につくものを選ぶようにしています。
(井)あえて短いタイトルの方がかっこいい時もあるんですけどね。目録を眺めていると、昔の作品の日本語タイトルは本当にかっこいいなと思います。
(井)基本的には担当編集者に一任されていますが、最終的には編集部内で話し合って方向性やデザイナー・イラストレーターを決めます。時には案を出しても海外の権利者に「ダメ」と言われてしまい、別のデザインを依頼することもあります。権利者ときちんと摺合せしていくことも大切ですね。読者にどうアピールするかを考えて、イラストにするのか写真にするのかを選ぶことも非常に重要です。
(秋)私は本をジャケ買いするので、アニメ調のものよりはシックな装丁の方が買いやすい、というところがあります。
(井)いわゆる古典のような昔の作品は、授業で初めてその作品を知った学生さんなどが手に取りやすいアニメ調のイラストを使用しているものもあると思います。逆に夏のフェアの時にシックなデザインに統一されたものが書店に並んでいたりしますね。
(秋)私みたいな人はそのタイミングで手に取るということですね(笑)。一方でドラマは、コピーとタイトルしか触ることができないので、そこで工夫を凝らしています。
(井)自分の中で(この作品が)面白いのはわかっているけど、果たして世間の人々は面白く思ってくれるかというところですね。
(秋)あー、同じですね。「あ、これはお客様に受け入れてもらえた」と感じるときはどんなときですか?
(井)出版されて一週間後ぐらいには感想がネットに上がり始めるので、その感想の熱量によってある程度察することはできますね。感想の熱量が高い作品は、やはりよく売れます。
(秋)私も新作(ドラマ)の放送後はかならずSNSをチェックしますね。
(井)書籍の場合は、一か月後にはさらに書評が上がりはじめるので、そうすると読者の目に触れる機会も増えますね。
(秋)うちは書評という概念がないので、テレビ業界からするとうらやましいですね。広がりがほぼSNSに限定されてしまうので、一つの作品が広く知られるまでに10年かかることもあります。『ヴェラ〜信念の女警部〜』が一例です。本は瞬発力がすごいですね。
「ヴェラ~信念の女警部~」
© ITV Studios Limited 2023
(井)逆に書籍はすべてが早いです。一回零れ落ちてしまうとなかなか難しいです。中には売り直しで再び注目されるものもありますが、基本的にはある程度成功を収めているシリーズじゃないとチャンスがないのが現状です。ただ正直、3~4冊並行して作業しているので、そこまで一冊に注力できないという事情もあります。一つの作業が終わるころには、別の本の作業が控えているので。
(秋)その部分は同じですね。テレビも穴をあけられないので、常に作業をしている状況です。編成確定日に少しだけ気持ちが休まりますが、次の日にはもう新しい作業が待っています。
(井)出版社ごとの特色として、うちの会社には犯罪小説や文芸よりのミステリー、冒険小説をよく出版する会社、というイメージがあると思うのですが、それが自分自身の好みと一致しているんですね。
(秋)おー、なるほど!
(井)それが入社した理由でもありますが、自分の好みの作品に取り組んでいくことが結果的にはジャンル特化につながっていくのかなと考えています。もちろんあまり尖りすぎてはいけないので、間口を広くとらなければならないと感じることもあります。
(秋)好みで選んでいたとしても会社のブランドカラーに合っているというのはいいですね。
(井)好みであっても、読者には受けないだろうというものは取り下げたりすることもあります。ただこちらの熱量の高さがダイレクトに伝わる時代でもあるので、担当者が作品を好きでいることはプラスにつながるのかもしれません。
(秋)私からの質問なのですが、映像化を意識して作品の出版を決めることはありますか?
(井)大作の映画化がほぼ決まっているという場合を除くとほぼないですね。まずは小説としていかに面白いかというところを重視して作品を選んでいます。現地で書籍の出版とほぼ同時に映画化のプロジェクトが進んでいるという話があった場合には、権利をとっておいて日本での出版を進めることもあります。
(秋)私の場合は、母親が日常的に謎解きを持ち掛けてくる人でした。「近所のおうちで洗濯物の干し方が変わったことについて自由に推理してみよう」という感じでよく遊んでいました。『名探偵ポワロ』や松本清張が好きで、ドラマを常に一緒に見ていましたね。
(井)映像から入ったという感じですか?
(秋)そうですね、完全に映像からでした。
(井)私の場合は、小学生のころの漫画がスタートだったと思います。一番明確なきっかけは、小学生のころにおばあちゃんの家の本棚にあった『シャーロック・ホームズ大全』(1986年、講談社)ですね。ゲームボーイの充電器を忘れてしまい、親戚とも顔合わせを済ませてしまい、することがなくなって読み始めてハマったのが始まりでした。家に戻ってから書店で本を買ってもらうようになり、気が付けば読む本はすべてミステリー関連になり、中学では話をする友達ができず…。
(秋)ああ、もうすごいわかる(笑)。
(井)大学に入ってはじめて推理小説研究会という場所にたどり着き、そこで「ああなんて素敵な場所なんだろう」と感じましたね。大学はほぼミステリーの話をするために行っていたと言っても過言ではないです。よりディープな会話ができる人々との交流を重ねていくうちに、ディープな人々が集まる会社に入社していました。
(秋)もう早川書房さんに入社すべくして入社した生粋のミステリーファンという感じですね!
今回は、書籍とドラマ…それぞれ手掛ける媒体は異なれども、ミステリーに飽くなき情熱を注ぐお二人による対談をご紹介しました。いちミステリーファンとしては「一言たりとも漏らすものか!」というぐらい、ディープで愛に溢れたお話ばかりでした。
海を超えた遠くの国の作品を日本にいながら、日本語で楽しむことができる裏には、作品に携わる方々の並々ならぬご尽力があります。対談の中では、世界各国の隠れたミステリー界隈の存在にも言及がありましたが、もっともっとミステリーの世界が広く深くつながっていけると嬉しいですね!「特集もっと楽しむミステリー」第4回の対談記事は以上になります。次回もお楽しみに!
(文:うりまる)
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