ミステリーチャンネル×早川書房×東京創元社×扶桑社による、特集「もっと楽しむミステリー!」第1回目の記事です。
今回は、海外文学翻訳出版の老舗として知られている早川書房様に、ミステリーを楽しむために知っておきたい歴史についてインタビュー!ミステリー初心者やあまり難しいことはわからない!という方でも楽しく読んでいただけるようわかりやすく解説いただきました。
皆さんがご存知の作品がどういう時代にどうやって生まれてきたのか、ミステリーの歴史を辿ってみましょう。
解説:早川書房 ミステリマガジン編集部 井戸本様(井)
インタビュワー:ミステリーチャンネル編集部(ミ)
(ミ)ミステリーを楽しむために知っておきたい、ミステリーの歴史について教えてください。
ミステリー小説はいつ生まれたのでしょうか?
(井)ミステリーというジャンルは、1841年にアメリカの作家エドガー・アラン・ポーが「モルグ街の殺人」を書いたことで始まったと言われています。この作品は、名探偵の存在、作中の手掛かりを元に読者が推理を行えること、不可能犯罪とそのトリックというミステリーというジャンルに大事な要素がすべて含まれていました。
(ミ)その時から既にミステリーにおける重要な要素がすべて含まれていたとは…。ミステリー好きなら押さえておきたい作品ですね。その後、ミステリーの黄金期を迎えるまでどのように発展していったか教えていただけますか。
(井)アメリカのポーに少し遅れて、フランスではエミール・ガボリオが1866年に『ルルージュ事件』という作品を発表します。これは、世界初の長篇ミステリーと呼ばれており、事件発生の第一部、解決篇の第二部に分かれた構成をしていました。
そのガボリオに影響を受けて、同じ構成で書かれたのが、1887年に発表されたコナン・ドイルの『緋色の研究』です。ドイルは続けて第二長篇である『四つの署名』を発表しますが、そのあとは《ストランド・マガジン》に掲載する短篇シリーズに主軸を置いていきます。〈シャーロック・ホームズ〉シリーズはセンセーションを巻き起こし、1890年代から1910年代には多くのフォロワーたちがこぞって短篇ミステリーを書きはじめました。いわゆる「シャーロック・ホームズのライバルたち」と呼ばれるこうした短篇群の中で、とりわけ有名なのが、G・K・チェスタトンによる〈ブラウン神父〉シリーズです。
(ミ)ミステリーチャンネルでも「シャーロック・ホームズの冒険」や「ブラウン神父」のドラマを放送していますが、この時代からの作品が今も様々な形で世界中の読者・視聴者に愛され続けているということに驚きます。
(井)そうですね。そんなチェスタトンと交友のあったE・C・ベントリーが1913年に発表した『トレント最後の事件』は、短篇ミステリー全盛期の時代の中で、ミステリーと恋愛要素の見事な融合と、意外な真相を描いた長篇として高い評価を受けました。
(ミ)恋愛が入ると人間ドラマとしても深みが出てきそうですよね。
(井)はい。そして、この作品の謎解きの純度の高さは、後述の「探偵小説の黄金時代」へと続いていくことになります。
(ミ)なるほど~。
(井)そんなミステリー史の裏では、1914年に第一次世界大戦が勃発し、1918年まで続いていきます。世界史の大転換を迎える中、ミステリー史もコナン・ドイルが〈シャーロック・ホームズ〉シリーズを終わらせるために書いた「最後の挨拶」が1917年に発表され、転換期を迎えることになります。
(ミ)シャーロック・ホームズのシリーズ終了とあらば、騒然としたことでしょうね…。
それではミステリーの黄金期について詳しく教えてください!
(井)第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の約20年間の戦間期は、俗に「探偵小説の黄金時代」と言われています。それは、文学作品の一ジャンルとして書かれてきた「探偵小説」が、ここにきて推理やトリック等、純粋な謎解きを楽しむためのジャンルへと転換を迎え、ジャンルとして確固たるものになったからです。
1920年のイギリス、アガサ・クリスティーが『スタイルズ荘の怪事件』で作家デビューします。言わずと知れたミステリーの女王であるクリスティーは、精力的に謎解きミステリーを書き続けていきます。代表作のひとつである『アクロイド殺し』では、前代未聞のトリックを使用したことで、「フェア・アンフェア論争」が起こり、多くの作家に影響を与えました。また、同年、F・W・クロフツが『樽』を発表し、推理小説における「アリバイ崩し」ジャンルを確立させ、さらにその三年後には〈ピーター・ウィムジー卿〉シリーズの一作目『誰の死体?』でドロシイ・L・セイヤーズがデビュー、イギリス・ミステリー界は一気に花開くことになります。
(ミ)なるほど、ありがとうございます。様々な有名作家がこの当時次々と登場したのですね。これはイギリスだけなのでしょうか。
(井)イギリスに少し遅れる形で、アメリカでも近代的な謎解きを主眼とするミステリーが刊行されます。『アクロイド殺し』によって引き起こされた「フェア・アンフェア論争」に触発されて書かれた謎解きミステリーのルール「ヴァン・ダインの二十則」で有名なS・S・ヴァン・ダインが、1926年に〈ファイロ・ヴァンス〉シリーズの第一作『ベンスン殺人事件』を刊行、彼は続けて『僧正殺人事件』などの重厚な本格謎解きミステリーを発表していきます。
(ミ)アメリカでベストセラーとなり、次々と映画化もされたようですね。
(井)そうなんです。彼のスタイルを引継ぎ、謎解きパズルとしてのミステリーを極限まで発展させたのが1929年に『ローマ帽子の秘密』でデビューした従兄弟同士の合作作家エラリイ・クイーンです。「読者への挑戦状」を提示するような挑戦的なミステリーを発表し続けたクイーンは、ミステリーの競技性を高めた重要な作家です。また、1930年にはジョン・ディクスン・カーが『夜歩く』を刊行し、デビュー。密室トリックなどの不可能犯罪や、ホラー要素を取り入れたミステリーなどを書き、独自の立ち位置を確立していきます。
(ミ)黄金期を迎え、様々なサブジャンルも登場してきますよね。
(井)前述した謎解きミステリーの潮流と並行する形で、アメリカではパルプ・マガジンの代表誌である《ブラック・マスク》誌を中心に、ハードボイルド小説と呼ばれる私立探偵の物語が流行しました。《ブラック・マスク》誌からは1929年に『血の収穫』でデビューするダシール・ハメット、1939年に『大いなる眠り』を刊行するレイモンド・チャンドラーなど、ハードボイルド小説を代表する作家が出てきました。また、ハメット、チャンドラーと、1949年に〈リュウ・アーチャー〉シリーズの第一作『動く標的』を刊行するロス・マクドナルドの三人を「ハードボイルド御三家」などと呼ぶことがあります。
(ミ)他にはございますか?
(井)物語の冒頭から犯人が示されており、完全犯罪をどのようにして崩し、犯人を追い詰めていくのかというところに主眼がおかれた「倒叙ミステリー」を代表する傑作も、この時代に登場します。倒叙ミステリーの元祖は、オースティン・フリーマンが1912年に発表した「歌う白骨」ですが、三大倒叙と呼ばれるフランシス・アイルズ『殺意』、リチャード・ハル『叔母殺人事件』、F・W・クロフツ『クロイドン発12時30分』はどれも1930年代に刊行されました。
(ミ)続いては日本でのミステリーの発展について教えてください。
(井)英米のミステリーが発展していった1920年代は、日本においてはモダニズム(※)が流行していた時期でした。1920年にはそんなモダニズムを代表する雑誌《新青年》が創刊されます。もともとは若い層に向けた啓蒙の側面が強い雑誌でしたが、編集長の森下雨村によって翻訳ミステリーが掲載されたことを契機に、ミステリー雑誌として花開いていきます。翌1921年には横溝正史が「恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)」を、1923年には江戸川乱歩が「二銭銅貨」を《新青年》に掲載し、作家デビュー。その後、水谷準や、妹尾韶夫、小酒井不木、夢野久作ら戦前の日本ミステリーを代表する作家・翻訳家を輩出しました。
※モダニズム…20世紀文学の一潮流で、1920年前後に起こった前衛運動をさす。都市生活を背景にし、既成の手法を否定した前衛的な文学運動。
(ミ)モダニズムのムーブメントが日本のミステリーを後押ししたということですか…なるほど。
(井)その後、第二次世界大戦が勃発し、日本ミステリーの歴史はいったん途絶えてしまうことになりますが、敗戦の翌年1946年には《ロック》《宝石》といったミステリー専門誌が創刊され、横溝正史が両雑誌に寄稿、さらに1947年に《金田一耕助》シリーズの代表作『獄門島』を発表し、日本ミステリー界をリードしていきました。
横溝正史の活躍と並行するように、1950年代に翻訳ミステリーのブームがやってきます。早川書房をはじめとした各出版社が海外ミステリーの叢書を刊行しはじめ、現在でも刊行が続く世界最大級のミステリー叢書《ハヤカワ・ミステリ》(通称ポケミス)が1953年に、江戸川乱歩が監修に入る形で創刊しました。
(ミ)江戸川乱歩が監修とは驚きです。
(井)1950年代後半から60年代に入ると、日本ミステリーは松本清張や黒岩重吾、水上勉をはじめとした社会派ミステリーの時代を迎えます。社会問題等をミステリーの形式で取り上げ、描いていく社会派ミステリーはブームを起こしました。
(ミ)ミステリーチャンネルでもたびたび松本清張作品をはじめとした社会派ミステリーも放送しますが、いつもたくさんの方にご視聴いただいています。
(井)1960年代後半になると、戦後のミステリーを牽引してきた雑誌《宝石》の廃刊、江戸川乱歩の死といった形で一時代が終わりを迎えました。
1970年代には本邦屈指の探偵小説コレクターの島崎博が雑誌《幻影城》を創刊します。4年半という短命に終わった雑誌でしたが、泡坂妻夫、田中芳樹、連城三紀彦、竹本健治などの多くの作家を輩出しました。この《幻影城》から出た作家たちは、80年代に起こる「新本格ミステリー」ムーブメントを牽引する作家たちに大きな影響を与えます。
(ミ)そんな短い期間に様々な作家が登場したのですね。
(井)1980年代には、島田荘司が『占星術殺人事件』でデビュー。「探偵小説の黄金時代」の作品を思わせる挑戦的な作風は、ミステリー文壇に衝撃を与えました。1987年には綾辻行人が『十角館の殺人』で、1988年には法月綸太郎が『密閉教室』で、1989年には我孫子武丸が『8の殺人』で、有栖川有栖が『月光ゲーム』でデビューし、本格的な謎解きに主眼をおくこの世代の作家たちを「新本格ミステリー」ムーブメントと呼ばれることになります。
(ミ)ムーブメントが起こる流れが大変興味深いです。「十角館の殺人」はちょうどこの春映像化されていますよね。今もなお人々を惹きつけ続ける作品たちばかりです。
今回、歴史を辿っていくと、様々な出来事が影響を与え合い、ミステリーが発展してきたことがわかりました。あの作家がいなかったらこの作家は生まれなかった…なんてこともあったかもしれません。
時代背景と共に振り返ることで、よりミステリーの魅力に引き込まれました…。
井戸本様、ありがとうございました!
(井)ありがとうございました!
本記事に登場した、早川書房様から出版されている書籍を以下にご紹介いたします。
アガサ・クリスティー(著) 矢沢 聖子(訳)
出版社:早川書房
旧友の招きでスタイルズ荘を訪れたヘイスティングズは到着早々事件に巻き込まれた。屋敷の女主人が毒殺されたのだ。調査に乗り出すのは、ヘイスティングズの親友で、ベルギーから亡命したエルキュール・ポアロだった。不朽の名探偵の出発点となった著者の記念すべきデビュー作が新訳で登場。(解説 数藤康雄)
アガサ・クリスティー(著) 羽田 詩津子(訳)
出版社:早川書房
名士アクロイドが刺殺されているのが発見された。シェパード医師は警察の調査を克明に記録しようとしたが、事件は迷宮入りの様相を呈しはじめた。しかし、村に住む風変わりな男が名探偵ポアロであることが判明し、局面は新たな展開を見せる。ミステリ界に大きな波紋を投じた名作、新訳で登場。(解説 笠井潔)
レイモンド・チャンドラー(著) 村上 春樹(訳)
出版社:早川書房
探偵フィリップ・マーロウの初登場作!
私立探偵フィリップ・マーロウ。三十三歳。独身。命令への不服従にはいささか実績のある男。ある午後、彼は資産家の将軍に呼び出された。将軍は娘が賭場で作った借金をネタに強請られているという。解決を約束したマーロウは、犯人らしき男が経営する古書店を調べ始めた。表看板とは別にいかがわしい商売が営まれているようだ。やがて男の住処を突き止めるが、周辺を探るうちに三発の銃声が......。シリーズ第一作の新訳版
引き続き、Vol.2「【おすすめドラマ&小説紹介 Part1】 ゆるめ&重厚ミステリー」でお会いしましょう!4月公開予定です。
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