日本でも報じられ話題となっている、英国史上最悪の冤罪と言われる事件を描いたドラマ「ミスター・ベイツvsポストオフィス」。2024年1月1日から4夜にわたり、英民放ITV局で放送されると、たちまち反響を呼び、各メディアが絶賛。視聴者数1,000万人を超える大ヒットとなった。さらにその後、事件についての世論が高まり、政府を動かすほどの社会現象を巻き起こしている。今年最大の話題作が英国社会に与えた影響について、検証していこう。
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「ミスター・ベイツvsポストオフィス(全4話)」
字幕版:8/15(木)夜8時スタート 毎週木曜放送
「ミスター・ベイツvsポストオフィス(原題:Mr Bates vs The Post Office)」は、1999年から2015年の間に英国で起きた「郵便局スキャンダル」事件をめぐり、郵政窓口業務を担当する会社「ポストオフィス」を相手に闘った元郵便局長たちの姿を描いた全4話のドラマである。
郵便局スキャンダルとは、地域の郵便局の窓口業務を担うサブ・ポストマスター(郵便局長)と呼ばれる人々が、窓口の現金と会計システム上の残高が合わなくなったために、ポストオフィスから横領や不正経理などの罪で起訴され、不当に有罪判決を受けたもの。実際には郵便局長のミスや不正ではなく、1999年に導入された会計システム「ホライゾン」の欠陥が原因だったことが判明したため、「英国史上最大の冤罪」といわれている。10数年の間に被害者の数は700人以上にものぼった。自分のミスではないと思っていても、不足額を補填するために貯蓄を費やしたり家を売ったり、訴追を避けるためにわざと有罪を認めたり、さらには横領罪で刑務所に送られた者や苦悩の末に自殺する者までいたという。仕事、財産、健康、そして前科者となって信望を失った彼らの苦しみは計り知れないものがある。
(c) ITV Studios Limited 2023
第1話は、2003年11月から始まる。ウェールズ北西部にある風光明媚な海辺のリゾート町、スランドゥドゥノで郵便局を営むアラン・ベイツは、会計上の不足分の支払いを命じられるがそれを拒否したことで仕事を追われる。パートナーのスザンヌと共に山間の一軒家に引っ越したアランは、同じく被害にあったジョーらと連絡を取りあい、被害者グループを設立。服役したノエル、自殺未遂をしたサム、裁判で敗訴したリーなど、被害を受けた郵便局長たちが次々に集まり…。
(c) ITV Studios Limited 2023
イギリスでは放送直後から視聴者たちからのコメントがソーシャルメディアに殺到、理不尽な事件に対する怒りや憤り、郵便局長たちへの同情、経営陣の隠遁を批判し責任を問う声が続出した。このドラマ化で初めて郵便局スキャンダルについて知り、事態の深刻さに気づいた視聴者も多かった。実のところ、郵便スキャンダルはこれまで長年にわたって報道されていたものの、運動家や報道ジャーナリストの熱心な努力にも関わらず、ほとんど国民の目に留まることがなかったという。それが今回のドラマ放送によって、新聞やニュースのトップで連日報道され、話題騒然となったのだ。
ドラマは1000万人を超える視聴者数を記録し、その後も配信で視聴者が増加、2010年に同局で放送された「ダウントン・アビー」のシーズン1を上回る数字を叩き出した。その後、事件を追ったドキュメンタリー番組が急きょ放送されたり、実際の被害者がTV番組に登場してインタビューを受けたりなど、大変な反響を呼ぶことになる。
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私自身、郵便スキャンダルについてはほとんど知らなかったのだが、このドラマの内容には心をえぐられるような衝撃と憤りを感じた。それは周囲の人々も同じだったようで、友人たちや職場の同僚たち、さらにソーシャルメディアのフォロワーたちともしばらくの間この話題で盛り上がるほどだった。人の心はもちろん、社会をも変えてしまうほどのドラマの影響力の大きさを肌で感じる経験だった。
また、英メディアも高く評価しており、テレグラフ紙は「完全に説明することができない企業の不正行為への正義の怒りとまったくの不信感に支えられ、紛れもなく力強く、罪の贖いとなった作品」と絶賛。タイムズ紙は「ストーリーは非道、醜悪であり、見るのが辛かった。脚本を手がけたグウィネス・ヒューズの最大の功績は、ドラマを見た視聴者が不快になったということにあるだろう。現代の英国で、善良な人々が無実の罪で刑務所に行くという事件が起きたのが信じられないままだ」とポストオフィスを厳しく批判。また、イブニングスタンダード紙は「カフカっぽい状況が秀逸な演技により徹底的に人間的になった」と役者たちを称賛した。
© ITV Studios Limited 2023
伝えられるところによると、ポストオフィスから不正経理・横領を疑われた郵便局長は3500人にものぼり、有罪判決がでたのは700人以上、刑務所に収監されたのは236人、自殺したのは4人。これまでに有罪判決が取り消されたのはわずか93人で、多くの被害者が20年以上も補償を待っているという。
衝撃を受けた国民の怒りと被害者への共感が高まり、ドラマ放送後は被害者への補償を求める声がにわかに強まった。ポストオフィスのポーラ・ヴェネルズ元最高経営責任者(CEO)に対しては、2019年に授与された大英帝国勲章(CBE)の取り消しを求める請願書に100万人以上 が署名し、ヴェネルズ本人が1月9日に謝罪と勲章の返上を表明。また、1月中旬には、スナク英首相が「イギリス史上最大の冤罪のひとつ」と発言、被害者を全面的に救済する考えを明らかにした。さらに、「ホライゾン」システムを納入したのが富士通のイギリス子会社だったため、富士通への批判も強まった。この騒ぎを受けて、英政府は今年3月、被害者救済に向けた新法案を議会に提出した。この法案が可決されれば、7月末までに被害者は1人当たり60万ポンド(約1億1000万円)の賠償金を受け取るなど、被害者の大半の冤罪が晴れることになるという。 法案については独立した司法制度への干渉という指摘もあるものの、政府や労働党は事件が例外的な対応を必要としていると認識したとされ、今回はかなり異例な措置が取られることになったという。
© ITV Studios Limited 2023
ドラマの見どころのひとつは、真面目に働きながら普通の生活を送っていた郵便局長たちが、どのようにしてポストオフィスに闘いを挑むようになったのか?というストーリー展開だ。ポストオフィスは国有企業である。つまり、ベイツら被害者グループは、国民の血税という莫大な資金源を持つ「国」というあまりにも巨大な組織を相手に闘うことになったのだ。
その闘いは容易ではなかった。調停案が頓挫したり、家族が病気になったりといった困難が続き、途中で何度も挫折しそうになるが、そのたびに彼らは「補償・正義・真実」を求めて立ち上がり続ける。やがて、無実を訴える壮絶な法廷闘争が始まる。その闘いは実に20年の間に及んだ。その勇気と熱意には頭が下がるばかりだ。
また、郵便局長たちを後方から支えた強力な助っ人たちも特筆に値する。ジェームズ・アーバスノット下院議員(現在は貴族院議員)、ボブ・ラザフォード独立調査委員、ジェームズ・ハートリー弁護士らだ。ちなみに、現役の保守党下院議員ナディム・ザハウィ氏がドラマにゲスト出演し、公聴会でヴェネルズ氏に質問する役を演じている。
© ITV Studios Limited 2023
今回のドラマ化は、「ヨークシャーの切り裂き魔事件~刑事たちの終わらぬ苦悶」など、実際に起きた事件を映像化した実話ベースの ITVドラマシリーズのひとつとして制作された。監督は「ブロードチャーチ〜殺意の町〜」で英国アカデミー賞テレビクラフト部門監督賞にノミネートされたジェームズ・ストロング、脚本は元ジャーナリストでドキュメンタリー番組の監督もするグウィネス・ ヒューズが手がけた。
無実の郵便局長たちをまとめて、キャンペーン活動を始めたリーダー的存在の主人公アラン・ベイツは、名優トビー・ジョーンズ(「SHERLOCK シャーロック」)が演じる。ほかに、モニカ・ドラン(「ブラック・ミラー」)、イアン・ハート(「ラスト・キングダム」)、ジュリー・ヘスモンドホール(「ブロードチャーチ ~殺意の町~」)、アレックス・ジェニングス(「ザ・クラウン」)、レズリー・ニコル(「ダウントン・アビー」)など、豪華キャストが出演。英国ドラマにおなじみの役者たちの素晴らしい演技が堪能できる。
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無実を訴えて行われた法廷闘争の背後には、郵便局員らが織りなすさまざまな人間ドラマも綴られている。
郵便局長たちにはそれぞれのストーリーがある。アラン・ベイツのパートナー、スザンヌは、ふたりだけの時間を楽しみたいと願うが、被害者グループのまとめ役であるアランは忙しく旅行に行くこともままならない。そんななかでも、スザンヌはアランを献身的に支える。英南部ハンプシャーでカフェと併設の郵便局を営んでいたジョーは地元の住民から愛される存在で、裁判にも住民が応援にかけつける。夫亡き後、郵便局業務を引き継いだ温厚な性格のパムは、ポストオフィスから受けた仕打ちに怒りを感じ、法廷の証言席に立つことを決意する。
郵便局長らは助けを求めて、ポストオフィスのヘルプラインに電話をするが、オペレーターは「システムに欠陥はない。問題があるのはあなた一人だけ」とマニュアル通りの返答をするばかり。後に、被害者グループのミーティングで全員が同じように言われていたことが判明。疎外感と孤独、無力感に悩んでいたメンバーたちに「まったくの嘘だった。これからはもう一人になることはない」とアラン・ベイツが告げ、その場にいる人々がひとつのファミリーになるシーンは圧巻だ。郵便局長たちがポストオフィスと対決する法廷シーンが中心の最終話では、手に汗握る攻防戦が繰り広げられるが、その判決の行方に緊張も最高潮に達する。
北ウェールズの雄大で美しい自然の風景、アランとスザンヌのほっこりとした愛と絆、そして誠実に生きる郵便局長たちの姿に心が和む、ハートウォーミングなドラマでもあるのだ。
© ITV Studios Limited 2023
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このドラマを見た視聴者は、郵便局長たちと同じように、憤りや怒り、悲しみ、無力感を感じ、それゆえに彼らを応援する声をあげていく。その声はイギリス社会全体の世論となり、政府や世界をも揺るがすことになった。ひとつのTVドラマが人々の心に訴えかけ、社会を動かし、政府も揺るがすという、ドラマが持つパワーを改めて実感する。郵便局スキャンダルは、まだ解決に至っておらず、ドラマ放送後もリアルタイムで闘いが進行しているゆえに、さらにドラマが生々しくパワフルなものに感じられる。事件の1日も早い解決を願うばかりだ。今年最大の衝撃作といわれ、英国ドラマ史上に残る名作となった「ミスター・ベイツvsポストオフィス」、その感動をぜひ一緒に味わっていただきたい。
【ミステリーチャンネル放送情報】
「ミスター・ベイツvsポストオフィス(全4話)」
字幕版:8/15(木)夜8時スタート 毎週木曜放送
1つのTVドラマが英国政府をも揺るがした!! 英国史上最大規模の冤罪スキャンダルを描いた衝撃作!無実の郵便局長とポストオフィスとの闘いを描く!
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